オプション理論解説 (1)

ダイナミックヘッジとデルタ

登場人物:
ご隠居 (ご隠居)
八つぁん (長屋の住人) …当たり前かぁ…

八:「ご隠居!オレもちょっとオプション勉強してサ、コールとかプットとか基本的な知識は理解してるつもりなんだけどサ、どーもオプションプレミアムが色んな変数ってえの?グリークってえの?例えばデルタとかサ、の変化に対応してどの様に変わるか、ちっとも解んねぇんだよな。教えてくんな。」

隠:「うぉぉぉ!突然ナンダぁ!難しい言葉並べやがって。”テーヘンだ!”って走り込んでくるいつもと違うじゃあねえか。芸風変えたか?
でもまあ、ちいとは勉強して、実際にオプション買っちゃったりしたんだなぁこいつ。どーせまたやられたんだろ!
まあいいや、ちょいと教えてやらぁ。 デルタ、ガンマ、セータ、ベガとかの定義ぐらいは知ってるんだろ?」

八:「そりゃあ、定義ぐらいは知ってるつもりサ。でもそれがオプションのトレードとどう関係するのかが解かんねぇんだよ。ピンと来ねえなぁ。」

隠:「ったくトーシローってえのはそんなもんだぁな。オプションの価格がどうして決まるのか考えて見れば解るってもんだい。」

八:「ゲゲ!それってもしかすると、あのブラックショールズってぇ式を理解しなきゃあならねえんだろ?ありゃあ苦手でぃ!」

隠:「そりゃあ、ブラックショールズ式ってえのは実際の市場価格を結構正確に近似してるってえのは事実だぁな。まあ、いろんな問題を抱えてるけどな。だけど、プレミアムの動きやデルタなどのグリークを理解するのに細かけぇ理論を理解する必要は無えわな。どちらにしろ、BS式なんでおめーの頭に簡単に入らなねーだろう。そりゃ後だ。」

八:「そりゃあ、ありがてえ。BS式無しで理解できりゃ簡単でぇ。
で、為替レートの動きに対するヘッジ率がデルタって言うんだろ? 」

隠:「おう、一応言葉の意味だけは知ってんだな。デルタは為替レートがどの様に動こうと、安定したヘッジコストを導き出す事が必要だってんで出てきた概念だあな。
もし、為替レートが少し動いたら、オプションの値段がどれだけ変化するか、その比率を知ってるとすらぁな。例えばそれが50%だって事にしようか。つまり、為替レートが10銭変化するに従って、売ったドルプットオプションの価格が5銭変化するって事よ。この時点でプットオプションをヘッジするには、オプションの額面の50%分のドルを先に売っておけば良いんだな。これがデルタヘッジって訳さ。そうすると、レートが10銭下がった場合には、プットオプションの価格は5銭上昇して、その分だけ損するけど、ドル売りから5銭のヘッジ益が出るからな。逆にレートが10銭上がったってぇとすると、5銭のヘッジ損が出るけどプットの方も5銭安くなるって事よ。だから、為替レートが上がろうと下がろうと、オプションはちゃんとヘッジされてるって訳さ。この為替レートの変化に対するオプション価格の変化をデルタって言うんだ。解ったか。」

八:「合点!」

隠:「でな、為替レートがよりイン・ザ・マネーになるに従って、デルタも増大するから、ドル売りも増やす。逆に為替レートが上昇したら、デルタも減少するから売ったドルを買い戻していく。その時点では、デルタ分だけヘッジが掛かっている訳だから、オプションから出る損益と、デルタヘッジから出る損益は相殺されるよな。こんな風に逐次ヘッジ量を調整する事をダイナミックヘッジって言うんだ。
デルタに基づいて為替レートに対するヘッジを行うと、レートがどの様に変化しようと、安定したコストでヘッジが出来るんだな。」

八:「それは何でですかい?」

隠:「例えばな、為替レートがトレンドに沿って下落したとするな。初めはオプションの額面の50%しかヘッジしていなかったけど、レートが下がるに連れて、51%、52%ってドル売りを増やして行くからヘッジ漏れは少ねえな。逆に為替レートが上昇したら、ヘッジ量も49%、48%って減って来るから、この場合もヘッジ漏れは少ないな。次に為替レートが行使価格を中心に上下に変動したとするってえと、その場合もレートが下がる度にドルを売って、上がる度にドルを買い戻すからヘッジ損が発生するだろ。だけど、ダイナミックヘッジでは一度にヘッジの為の売買量が少ねえから損は小せえな。だから、ダイナミックヘッジは為替レートがどう動こうと、安定したヘッジコストを保てるって事よ。」

八:「おう、ご隠居、ダイナミックヘッジってえのは大体解った。でもデルタってぇのはどうやって計算するんですかい?うちにはコンピーターっての無いんでさぁ。」

隠:「コンピーター有ったっておめーの頭じゃ無理よ。
デルタってえのは簡単に言うとオプションがイン・ザ・マネー(ITM)に終わって、権利行使出来る確率だな。だから、行使価格と市場価格が近いアット・ザ・マネーオプション(ATM)の場合は、この確率が50%位だから、ヘッジの比率も50%ぐらいだって事よ。今のプットの例だと、為替レートが下がるに連れて、オプションがITMに終わる確率も少しずつ増えるからデルタも増えるってぇ事よ。もし、プットオプションがディープITMになって、そのままITMで終わる可能性が100%になったってぇと、デルタも100%になるってこと。
逆に為替レートが上がれば上がるほどオプションがITMに終わる可能性がも減っていくから、デルタもどんどん小さくなるんだな。もし、オプションがディープ・アウト・オブ・ザ・マネー(ディープOTM)になったとしたら、TIMで終わる可能性は殆ど無くなるから、デルタも0に近くなるって事よ。」

八:「ってえ事は、ご隠居!為替レートがオプション満期日までにどんな動きをするかってえ確率を見る必要が有るですかい?」

隠:「お!八っつあん今日は切れてるねぇ。相場観でオプションをヘッジするのはとても危険だぁな。中立的な確率分布を仮定するのが最も妥当だってぇ言われてんな。よく使われるのが、為替レートのパーセント変化は正規分布に基づいているってぇ仮定だな。
それから、今から1分後の為替レートは上に行くか下に行くかは別として、普通は現時点のレートからそれほど離れる事はねえって考えられるだろう?だけど、レートを予測する時点が今から遠い将来だったら予測も不確かになるってぇもんだ。だから、この不確実性の幅が現時点と予測時点との時間的距離に対応して一定に増加するってぇもう一つの仮定が有るんだな。」

八:「その不確実性の幅ってえのはボラティリティとか言うものですかい?その辺なんかハッキリしねえっす。」

隠:「まあな、今日ボラティリティの話までしたらお前さんの頭はバクハツしちまうから、その説明はこの次だ。今のところは”将来のある時点での為替レートの上下の幅”って考えてりゃいいや。つまり、今のスポットが135円だとして、現時点から予測した3ヶ月後のスポットは、有る程度高い確率で130円~140円、一年後は例えば120円~150円の間に位置するってぇ事だな。勿論この為替レートの変動幅は事前には解らないから、実際にはボラティリティもヘッジする必要が有るんだが、今のところはボラティリティが解ってるって事で話を続けてやろう。」

八:「ってえ事はご隠居!為替レートは将来どうなるか解らないけど、その確率分布が解っていればオプションがITMに終わる確率も計算できるってぇ訳ですな。おお。その確率も基づいてヘッジ量を調整すりゃあいいって訳ですかい。
ところで、デルタってえのは対象商品の価格が少し変化した時のオプション価格の変化の比率でしたよね。それがどうしてオプションがITMに終わる確率と同じになるかちょっと理解出来ないっすよ。」

隠:「それを答えろってえのか?大丈夫か?本当に頭爆発しねぇだろーな? まあいいや、耳ぃかっぽじってよぉく聞けよ。
それはな、オプションのペイアウトが非対称だってぇ事から来てんだよ。これを考える時にはドルを持っている事とコールオプションを持っている事を比較すりゃあ解るってぇ事よ。
ドルを持っているとすると、当たり前の事だけど、その価値は、ドル・円のレートが0円なら0円、200円なら200円 になるな。今のスポットが135円だとして、レートが10銭上がったとすると、将来のオプション満期日でのスポットの確率分布の中心が10銭だけ円安(右側)にずれた事になるな。将来の為替レートの確率分布は対象的のハズだから、将来の為替レートの期待値が10銭だけ上がった事になるな。
次にコールオプションを持っていたとすると、満期日の時点でその価値はドルが行使価格以上だったら、その時のレートと行使価格の差だが、行使価格以下だったら、価値は0になるな。仮にこのコールオプションが満期日でITMに終わる確率が50%だとするな。 ってぇ事はだよ、今のスポットが10銭上がった結果として、満期日でのスポットの確率分布の中心が10銭だけ右にずれたとしても、コールオプションがOTMで終わる確率、つまり価値が0になる確率が依然として50%程残っている訳だから、コールオプションの期待値は10銭の50%、つまり5銭しか上がらないってぇ事だな。
だから、コールオプションの現在価値も10%位しか上がらないって事だ。 」

八:「へ~え。将来の期待値を現在価値に戻したものがオプションの価格と同じなんですかい?」

隠:「オプションの場合はそうなんだな。でもまあ、話がちぃと理論的になりすぎたから、現実の世界に少しもどしてやろう。
正確に言うと、オプションがITMに終わる確率とデルタはちぃと違うんだな。だけどその違いは数値的に小さいし、 オプションがITMで終わる確率という概念を使ってデルタを考えると、それぞれの価格決定変数の変化に応じて、デルタがどう変化するかを直感的に理解出来るってぇ事よ。
デルタは為替レートの変化に反応するだけじゃあなく、オプション期間、ボラティリティ、円やドルの金利、なんかの変化にも反応するんだな。例えば、為替レートが一定でオプション期間が短くなったらとしたら、デルタはどうなると思う?」

八:「え~と、オプション期間が短くなるってぇ事は、現時点で予測される満期日の為替レートの上下の範囲が小さくなるってぇ事でしょ。ってぇ事は、もしオプションがITMだって時はそのオプションがITMに終わる確率が大きくなるから、デルタも大きくなるんじゃあないすか。逆にOTMの場合はオプションがITMで終わる可能性がより小さくなるから、デルタも小さくなるんじゃあないすかね。ATMの場合は、オプション期間が短くなってもITMに終わる確率は変んねぇから、デルタも大体50%で変わんねぇんじゃぁないすか?へへ!」

隠:「おお、ご名答!ちゃんと理解出来た感じじゃな。今日はこれぐらいにしてやろう。続きはまた今度話してやろう。」

八:「いやあ、ご隠居、ありがとうござんした!」

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